わけあってこちら側で止まっています

スタッフコラム

1.オリンピックに向けて

 今回は、エスカレーターの乗り方についてのお話です。

 これは東京都理学療法士協会の方たちが制作した、小さなキーホルダー。2018年12月17日から2019年2月1日まで、JR東日本が東京駅で「エスカレーターは歩かないでください」という啓発活動を行ったのをご存知ですか?

「お急ぎの場合は階段をご利用ください」などのメッセージが入った、大きな掲示板が構内に掲げられ、職員が「歩かないで、左右2列に並んでご利用ください」と呼びかけました。

特製のベストを着用した警備員も配置し、歩く人に立ち止まるよう声をかけました。

 JR東日本によると、この活動の一番の目的は「エスカレーターを歩き、人や荷物にぶつかることで起きる転倒事故をなくすこと」なのだそうです。ケガをしている人や、杖を使っている人、子供と手をつないで乗っている人などが安心して利用できるようにするためです。

 以前より、鉄道事業者51社や商業施設などが共同で「みんなで手すりにつかまろう」というキャンペーンを展開してはいました。

 しかし、長い間良いマナーとされた習慣を変えることはとても大変なこと。そこで、多くの外国人や障がいのある方が訪れる2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を前に、更なる強化に取り組んだというわけです。

2.そもそも、片側空け歩行はどこで始まったのでしょうか?

 1940年代、第2次世界大戦中のイギリス・ロンドンの地下鉄駅で、混雑緩和のために推進されたといわれています。

 日本では、1967年阪急電鉄・梅田駅移転の際にエスカレーターが長くなり、急ぐ人のために片側を空けましょうと呼びかけたのが始まり。この後1970年の大阪万博で「動く歩道」が導入され、英国式マナーとして広まっていきました。ちなみにこの時は、「右側立ち左側空け」でした。大阪では今でもそうですね。

 のちに地下鉄の普及によって長いエスカレーターが増え、東京でも広まりました。こちらは自動車の影響で「左側立ち」になったようです。そして、1980年代には「片側を空けて乗り、急いでいる利用者に道を譲る」ことが良いマナーと言われるようになりました。

3.実際、どのくらい事故は起きているのでしょう?

 東京消防庁の発表では、2017年、エスカレーター事故の搬送者は1396人で、そのうち駅などの道路・交通機関での発生が63%。数年来、年間1400人前後で推移し、歩行による転倒や乗り方不良によるものが約60%を占めています。

 日本エレベーター協会は、「エスカレーターは歩くことを前提にしておらず、2列で手すりにつかまれば安全に移動できる」と言っています。エスカレーターは止まって乗るように造られた装置だということですね。

4.片側歩行は効率が良いのでしょうか?

 片側歩行をした場合と2列で歩かずに乗った場合で、どのくらい効率が違うのか、検証も行われています。

  シミュレーション条件(構造計画研究所より)

  • 全長30メートルのエスカレーター。
  • 利用客は350人。
  • 歩く人は30%。
  • 2列停止は1段に2人が乗り、前後を1段空ける。
  • 歩く人は前後の感覚を2段空ける。

 この結果、350人がエスカレーターを通り抜けるまでにかかる時間は

  • 2列停止      6分49秒 (WIN!!)
  • 左側停止、右側歩き 7分35秒

 なんと46秒もの差がでました。左側に乗るために渋滞が起きるのが原因のひとつだといいます。確かに駅のホームでエスカレーター待ち渋滞が起きていますね。利用客を1000人に増やすと、その差は1分49秒にもなるそうです。

 実際のところ長いエスカレーターになればなるほど、歩こうとする人が少なくなるため、効率はさらに悪くなるそうです。

 日本エレベーター協会によれば、「エスカレーターを歩く人にとっては、到達時間の短縮になるが、同時に乗れる人は減ってしまう。特に朝のラッシュ時の駅で電車から降りた人を一気にさばく上では、両側に立つ方が効率が良い。」とのこと。ロンドンの検証でも歩行なしの方が、30%の輸送量増となりました。

5.片側歩行で困る人たち

 また、歩行側が決まっているために苦労している人もいます。身体的な理由などで、決まった側にしか立てない方々です。やむなく歩行側に立っているのに、怒られたり無理にどかされたりすることがあるのです。ご自身に直接の理由がある方もいれば、ガードが必要な方のためにこちら側に立っている人もいるのに理不尽な話です。

 事情があって歩行側に立っていることを理解してもらうために、東京都理学療法士協会が前述のキーホルダー「わけあってこちら側で止まっています」を制作しました。

 コツコツと歩いてくる足音のプレッシャーを感じながら、こちら側に立つのはとても勇気のいること。その勇気を、ほんの少し後押しするキーホルダーというわけですね。

 一般的には障がいがある方とは、車いすに乗っていたり白い杖を持っていたりと、すぐ見てわかる方を想像されがちですが、見た目にはほとんどわからなくても重い障がいを抱えている方もいます。動いているエスカレーターでぶつかられることは、私たちが想像するよりもずっと怖いことなのです。

 障がいがあるなら、エレベーターを使ったらどうかという意見もあります。しかし、不自由があっても歩けるのなら車椅子やベビーカーの方に譲ろうと考えている方が多くいます。自分も大変なのに、それよりも人を思いやることはすごいことですよね。

6.まとめ

 私は今回の啓発活動がなければ、このキーホルダーのことを知ることはなかったかもしれません。

 長く取り入れられた習慣を変えるのはとても大変で、賛否もいろいろ。とても難しいことです。私自身も急いでいる時や、うっかり右側に乗ってしまった時は歩いてしまっていました。急いでいるから今日は仕方ない…。いやいや、もしかしたらほんの5分早く起きたらそんなに急ぐ必要もなかったのかもしれない。焦ってイライラすることもなく、もっと周りに優しい気持ちでいられるのではないだろうか?と思うことも…。

 少しだけ、フォローが必要な事情をかかえている人もいる。それに気づいた人たちから少しずつでもこの活動が広まり、エスカレーターにとどまらず、他者のことを少し想像してみんなが優しく生きられる社会になったらいいですね。

                                        参考・日経新聞

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