会計の世界史

書評記事書評

 会計の歴史というと、ルカ・パチョーリのスンマが現在の会計の流れのスタートとして知られていますが、本書では、ダ・ヴィンチとルカ・パチョーリの関係やそれぞれの生い立ちまで遡って、その背景を当時の社会経済情勢やテクノロジーの問題を絡めて語られています。

 本書は、絵画やテクノロジー、音楽、組織論といった会計以外の蘊蓄を絡めて、会計について興味を持ってもらいやすいように出来ています。

 会計について、全く素養の無い人が読んで理解できるかについては、若干厳しい気はしますが、企業経営者のように、決算書や試算表を見る機会がある人であれば、理解を深める勉強のきっかけになるかもしれません。

構成

 大きな構成としては、広い意味での会計を、3つの局面に分けて、3部構成としています。

 第1部では、会計帳簿の作成の部分、すなわち簿記について、ルネサンス期前後のイタリア・オランダを中心に物語が展開します。

 第2部では会計の外部報告機能の部分、すなわち財務会計について、産業革命前後のイギリスとアメリカを中心として、蒸気機関車・蒸気船・自動車への変遷を軸に物語が展開します。

 そして、第3部では、経営意思決定のための情報提供機能の部分、すなわち管理会計とファイナンスについて、標準革命・管理革命・価値革命への変遷を軸に、音楽を絡めた物語が展開していきます。

第1部

 第1部は3章建てで、各章にテーマとなる絵画が割り当てられています。

 第1章は、ヴェロッキオの「トビアスと天使」、第2章はダヴィンチの「最後の晩餐」、第3章はレンブラントの「夜警」です。

 第1章では、ダ・ヴィンチの生い立ちと、フィレンツェのヴェロッキオ工房での修業時代とその時期のヴェネチアの社会経済情勢、その中で生まれたリズカーレ(東方貿易の船乗り)を貿易決済面で支えるインフラとしてのバンコ(現代の商業銀行に相当するもの)、そのバンコの運営に欠かせないものとして、精緻化・理論化されていった簿記といった形で、簿記が普及する背景を解説しています。

 第2章では、フィレンツェからヴェネチアに移ったダ・ヴィンチとルカ・パチョーリの出会いと、ルカ・パチョーリから学んだ数学がモナ・リザなどの作品に与えた影響など非常に面白い蘊蓄が展開されていきます。簿記に関しては、フィレンツェのメディチ家とメディチ銀行における簿記の活用や、フィレンツェやヴェネチアで行われていた簿記を体系化してまとめ、書籍として出版したルカ・パチョーリについて語られ、フローとストックの情報を記録する簿記革命について解説しています。

 第3章では、一転舞台を17世紀のオランダに移し、当時のヨーロッパにおけるルネサンス後の宗教的な変化と、先行するスペイン・ポルトガルへのチャレンジャーとして急速に発展するオランダで起こった、株式会社の誕生と所有と経営の分離について、会社革命として解説しています。

第2部

 第2部も3章建てで、各章は利益革命・投資家革命・国際革命と3つのサブタイトルと、それぞれの背景にある3つの発明、すなわち蒸気機関車・蒸気船・自動車が割り当てられています。

 第4章は、19世紀のイギリスで発明された蒸気機関車と鉄道会社から生じた会計上の大きな問題である「固定資産」と「減価償却」、それによって生じる「利益」と「収支」のズレについて、解説されています。それまで収支で事足りた「もうけ」が、固定資産の登場により「利益」概念が変化する利益革命のきっかけとなったのです。

 第5章は、蒸気船によってイギリスからアメリカへの人と物・金の動きから始まり、20世紀のアメリカにおける投資マネーとそれによって生じた、初期の証券市場の混乱、SECの設立と初代長官であるジョーの物語を中心に、パブリック(上場企業)とプライベート(非上場企業)における財務会計の意味合いの違いについて解説されています。

 第6章は、自動車の発明と自動車の産業化による資本市場の拡大から始まり、現代のイギリスとアメリカの会計基準のスタンダード競争やM&Aの増加によって急速に重要性を増したキャッシュフロー概念など、現代の財務会計についての解説がされています。こちらは、会計と接点のない方には、若干難しい内容かと思いますので、いったん飛ばしてしまっても良いでしょう。

第3部

 第3部は、3つの名曲「ディキシー」「聖者の行進」「イエスタデイ」を中心に、19世紀から現代のアメリカにおける、標準革命・管理革命・価値革命について解説しています。

 第7章では、19世紀アメリカにおける標準革命として、大量生産工場を支える原価計算について、T型フォードやコカ・コーラなどが紹介されますが、経営者など会計に触れる機会の多い方を読者として想定しているからでしょうが、経営者の興味をそそる人物が次々と紹介されていきます。例えば、スタンフォード大学の創設者のリーランド・スタンフォードや、カーネギーホールで有名な鉄鋼王アンドリュー・カーネギー、スタンダードオイルのジョン・ロックフェラー、有名な投資銀行の創設者J・P・モルガンなどについて、財を成すに至るプロセスが触れられています。

 第8章では、20世紀アメリカにおける管理革命として、世界的なコンサルティングファームの創設者であるジェームス・マッキンゼーがシカゴ大学で開講した「管理会計」講座が、それまでの過去情報の記録としての財務会計の概念を変える、経営者のための予算管理を普及させたことを紹介しています。また、この章では、管理会計の重要な概念であるセグメントについて、鉄道会社で生まれたセグメント管理の概念が、多くの製品を大量生産する家電メーカーであるGEで限界利益と損益分岐点の考え方と、それをベースとした予算管理、製品・事業部別の必要利益といった意思決定会計として精緻化されていく過程を解説えしています。さらに、もう一歩進んだ管理会計革命として、投資にたいするリターンであるROIを経営意思決定に利用できるようにするためのデュポン公式が生み出される過程についても触れています。

 第9章では、21世紀アメリカにおける価値革命として、投資価値の計算という、従来の会計とは全く異なるアプローチでの企業評価と、この考え方が従来の会計に与える影響について、ビートルズの楽曲についてのポールとジョンの権利と、その権利を巡るマイケル・ジャクソンとオノ・ヨーコとポールとの間のエピソードを通じて解説しています。エピソード自体は蘊蓄として大変面白いですが、取得原価主義と時価主義における資産概念など、扱うテーマが非常に難しいものなので、すんなりと理解できるかわかりませんが、限界までわかりやすいように説明されているとは思います。

まとめ

 テクニカルな理解だけだと、なかなか経営意思決定のために使いこなせない会計について、本書は、ある程度会計の素養のある人に、使えるようになるために必要な本質を理解してもらうことを目的にしているように思います。とても難しいテーマを、面白く読めて、しっかりと理解できるように、凄まじい苦労をされていることがひしひしと伝わってきて、会計に携わるものとして、頭の下がる思いでした。

 企業経営者の方や、会計に関係する仕事をされている方には、是非ご一読をお勧めいたします。

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