本書は、成熟企業がイノベーションを起こす上で、重要な「両利きの経営」理論を、事例に基づき解説するもので、大企業の組織運営にフォーカスした内容となっています。
両利きの経営とは、企業活動における「深化」と「探索」を、それぞれ右手・左手どちらも利き手であるかのように、使いこなす状態を意味しています。
両利きの経営
両利きの経営が必要とされる背景としては、まず深化に偏った先にある「サクセストラップ」の問題があります。日本の大企業は特に、このサクセストラップから抜け出せずに、一つ一つ破綻し、現在好調な企業も、潜在的な危機にあることから、特に日本の大企業の経営者・従業員にとって、両利き経営の理解が重要になっているのは確かでしょう。
両利き経営に似た考え方で、スタートアップや中小企業向けのものが、「起業3年目までの教科書」で提唱されている「キャッシュエンジン経営」です。中小企業経営者の方には、本書の前に、「起業3年目までの教科書」を読んでいただくと、理解しやすいかもしれません。
両利き経営を解説する上で、「ダイナミック・ケイパビリティ」「イノベーションストリーム」「VSRプロセス」など、特殊な経営学用語がでてきますが、それほど気にしなくても、事例を読み進めていく中で、自然に理解できると思いますし、理解できなくても、自社の経営を考える上では、それほど問題ないかと思います(もちろんしっかり理解した方が良いとはおもいますが)。
構成
第1部~第3部の3部構成で、8章構成になっています。
実務で使う際には、この章立て自体はあまり気にする必要もないと思います。一度通読してみて、引っかかる部分を、参考にして、自社の状況の分析や組織改革の方向性を考えてみるのが良いと思います。
「深化」と「探索」については、それぞれ様々な方法論について多くの書籍がありますので、そうした書籍を参考に、自社に合った形を探していくことが必要でしょうが、本書の要点は、この2つの活動を両立させる際の、組織的な困難性をどう克服するかにあります。正解はありませんが、自社の分析をする際の、考える材料集めとして、有用だと思います。
両利きのリーダーシップ
本書は、アカデミックな用語が飛び交い、アメリカの一流ビジネススクールの教授による巨大企業の組織論といった面はありますが、かなりドロドロした面もあって、中小企業にも活用できる部分がかなりあると思います。
そもそも「深化」と「探索」という、全く異なるルールが必要なもの、相互に矛盾するものを、まるで矛盾など無いように使いこなすという無理な話ですので、アカデミックに理論化しようとしても限界があります。
結局は「一貫して矛盾する」リーダーシップ行動を実践するという点にかかってくると思います。
この「一貫して矛盾する」状態を維持することのできるリーダーというのは、ごく簡単に言えば「懐が深い」ということですが、これをリーダーのパーソナリティではなく、文化にまで落とし込むことが出来るかどうかが、今後の企業の永続と発展にとって、重要な要素だといえるでしょう。
まとめ
普段馴染みのない、特殊な経営学用語のオンパレードで、事例も富士フィルムを除けば、ほぼ海外企業のみということで、ちょっと読みにくいかもしれません。
しかし、細かい用語や固有名詞などにとらわれずに、自社の状況を考えながら、一読してみると、もやもやしていたものが、言語化される部分があるかもしれません。
既存事業がある程度順調だけれども、今後不安要素があり、「探索」をしなければならない意識をもった経営者の方にとっては、「探索」を組織的に行っていくための方法を考える際の材料集めとして有用な本の一つではないかと思います。
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