運転資金と赤字補填資金の区別の重要性について

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 経営者からの相談で、運転資金の増加で資金繰りが苦しいというものがあります。

 しかし、実際に決算書や試算表を確認すると、運転資金はほとんど増えていないケースが多いのです。

 なぜ、経営者は運転資金が増えたと考えがちなのでしょうか。

1.運転資金ではなく赤字補填資金

 食品小売業のW社長は、借入金の返済に資金繰りが間に合わず、A銀行の返済のためにB銀行から借入、B銀行の返済のためにC銀行から借入するという悪循環で、毎月の返済がどんどん増えていました。

 W社長は、決算書では毎年黒字になっているのに、借入金が増えていくので、運転資金が膨らんでいるのだと考えていましたが、いよいよ苦しくなり、私共の事務所に相談に来られました。

 直近3期分の決算書を確認したところ、運転資金は増えておらず、赤字補填資金によって借入が増加している状態でした。

2.必要資金の3区分

会社の事業に必要な資金には、3つに区分できます。

運転資金は、仕入→仕入代金支払→在庫→売上→売上代金回収の通常の取引サイクルの中で、会社が一時的に立替払いしている資金のことを言います。

設備資金は、土地建物や機械・車・ソフトウェアなど、会社の事業に使用する財産を購入するために必要な資金のことを言います。

赤字補填資金は、その名の通り赤字を補填するために必要な資金のことを言います。

W社長の会社では、会社全体では黒字でしたが、この黒字は過去に投資した不動産からの収益によるもので、この不動産からの賃料収入は、全てこの不動産を購入するための借入(設備資金)の返済で消えていました。

そして、本業の食品小売業では、運転資金は増加しておらず、過大な人件費を原因とする、大幅な赤字による資金流出が起きていたのです。

3.運転資金の計算方法

運転資金は、以下の算式で簡単に計算できます。

売上債権(売掛金など)+棚卸資産(商品など)-仕入債務(買掛金など)

ここまでは、決算書の貸借対照表の中の数字だけですので、誰でも手軽に計算できます。

ただし、売上債権の中に、回収できないもの、棚卸資産の中に、売れないものがあると、過大な数字になってしまいます。

そこで、決算書の科目内訳書の中から、それぞれの数字を拾い出して、マイナスしてあげると、実態に近い数字を計算することができます。

4.運転資金が増えたという誤解の理由

それでは、W社長はなぜ運転資金が増えていると思ったのでしょうか。

一般的には、借入の申し込み時の資金使途の区分が、「運転資金または設備資金」という2択になっていることから、設備資金以外は運転資金と勘違いしているケースが多いのではないかと思います。

また、W社長の場合には、会社全体では黒字になっていたことが、資金減少の原因をわかりにくくしていたのかもしれません。

同じ経営者の立場にあるものとしての推測ですが、W社長はとても従業員を大切にする方でしたので、もしかしたら、あえて資金の減少を運転資金の増加だと考えることで、リストラの必要性を認めたくなかったのかもしれません。

5.資金管理の方法

(1)運転資金

運転資金については、売上代金の回収期間を短くする、仕入代金の支払期間を長くする、在庫の期間を短くするという方法で、減らすことが出来ますが、相手のあることなので、簡単ではありません。

① 売上債権回転日数

売上代金の回収期間は、「売上債権回転日数」で表すことができます。

売上債権回転日数=(売掛金+受取手形・電子記録債権)÷売上高×365

売上が上がってから、現金及び預金で回収されるまでに、平均何日かかるかを表しています。

② 仕入債務回転日数

仕入債務の支払期間は、「仕入債務回転日数」で表すことができます。

仕入債務回転日数=(買掛金+支払手形・電子記録債務)÷売上原価×365

仕入をしてから、現金及び預金で支払うまでに、平均何日かかるかを表しています。

③ 棚卸資産回転日数

在庫の期間は、「棚卸資産回転日数」で表すことができます。

棚卸資産回転日数=棚卸資産÷売上原価×365

仕入をしてから、販売するまでに、平均何日間在庫として保有しているかを表しています。

④ 運転資金の削減方法

運転資金の削減のためには、全社的かつ長期的な取り組みが必要になります。

まずは、売上債権回転日数、仕入債務回転日数、棚卸資産回転日数を、前年の数値や同業他社の数値と比較して、改善すべき対象を特定しましょう。

それぞれの項目の改善方法は、個々の会社の状況にあわせて決定し、実施していかなければなりません。

営業、仕入、倉庫、財務等様々なポジションのメンバーの協力と連動も必要になります。

簡単ではありませんが、運転資金の状況は、企業活動全体に長期的かつ大きな影響を及ぼすので、適正な水準に管理する意識を全社的に浸透させていきましょう。

(2)設備資金

設備資金については、返済に必要な資金を返済期間に渡って稼ぎ続けられるか、慎重に計画して設備投資をするしかありません。

既に実施してしまった設備投資についての、設備資金返済で資金繰りが苦しい場合に出来ることは、金融機関に返済条件を変更してもらうことしかないでしょう。

(3)赤字補填資金

赤字補填資金については、原則として借入で賄ってはいけません。

赤字補填資金の借入は、出血し続けている状態で輸血するようなものです。

まずは、出血を止めることを最優先にし、それでも無理な場合に、最後の手段として、借入を検討すべきです。

6.まとめ

W社長は、運転資金ではなく、赤字補填資金によって、借入金が雪だるま式に増えていっていることを、明確な数字で示されたことで、心の奥では必要だと考えていたであろう、リストラを決意することになりました。

早期退職制度により従業員の半数が退職しましたが、W社長が心配していた売上減少は起きず、業務は効率化され、会社の利益は劇的に改善しました。完全に人員過剰だったのです。

運転資金の把握は、とても簡単にできますが、運転資金の把握によって、赤字補填資金の金額も把握することができ、どの程度の経費削減や売上増加が必要なのかを把握することができます。

また、運転資金についての基本的な考え方については、会社の全メンバーが把握して、改善への意識を共有する事が重要だということも、経営者の方には認識しておいていただきたいと思います。

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